自転車屋やめて無職にもどった

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連絡はEmailあるいは大阪天王寺公園野宿小屋まで。

自転車屋やめて無職にもどった。
足掛け2年になるのか、天王寺公園の野宿小屋に住みながら自転車屋で仕事をしていた。
昨年の5月までは週5日、それ以降は週4日、朝8時から夕5時まで働いていた。
役所からの払い下げ自転車を整備し中古自転車として販売する。それとパンクを始め自転車の修理と、カギなどの販売が仕事だ。
店主が、もう一軒他に自転車店を出してからは「サイクル話の話」は私ひとりで仕切っていたので、気楽に仕事をしていた。

賃労働していて、私の売りの文学的テーマ「野宿生活」との遊離が大きくなっていた。
ちょうど働いていた店舗が閉店になり、別の店に行く話もあったが、この機会に元の無職に戻ることにした。

私の句に「冬銀河百円玉の重さ知る」という句がある。
小学生にお小遣いに百円玉あげると言っても馬鹿にされるけど、野宿している人たちは百円玉一枚だって貴重に扱うという意味の句です。
二個一円のアルミ缶を、集めている人がいます。自動販売機に残っているつりを探し廻る人がいます。ゴミ箱から新聞を拾ってきて、50円で売る人がいます。
そんな仕事と比べると私のしていた賃労働は、簡単にお金が手に入る。給料日の週末にはお札を手にする事となる。

仕事が中心の生活になっていた。働く日は外食になる。週末はストレスをとるために映画見たり、娯楽に金を使うことになる。
ちょつと間がもてないと、缶コーヒーなんか飲んでしまう。百円玉を使うのに躊躇などしない。「百円玉の重さ知らず」となっていた。

まあ私は、実録派ですから、これからも「野宿生活」を書いていきます。
無職にもどり、無理せず、昔の句みたいな、無理からぬ、無実だ無罪だ、夢精は最近しない、そんなこんなでああ無常。
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by juntyandes | 2005-05-05 01:06
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