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どたんば やけくそ 最後になるか飛翔するか 5・20釜ヶ崎フェスタ 

夏には生活を変えなければなるいません。
これが最後のイベントになるか・・・もしれません。
もしかするrと 帰るあてのない四国遍路はじめるかもしれまsぜん。
余命宣告されながら、退院めざしアパートを借りる人がいます。

さて私は余命宣告されていませんが、生活の基盤ちかく変化します。
もともと人生のテーマとして「より人民の中に」としています。
「より底辺の中に」とも言えます。

居直ります。詩が出てこなければトークでつなぎます。
飛翔するか、あきれられるか、とにかく私のターニングポイント 期待して下さい。


5月20日
確か2時から
リバティ大阪(大阪人権博物館)
「釜ヶ崎フェスタ2006 ~紙芝居・ピアノ・詩の魅力~」
で詩の朗読パホォーマンスします。
http://www.liberty.or.jp/plan_exhibit/2006-5-20.html

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by juntyandes | 2006-05-18 20:01

5月5日西成三角公園にて朗読

そおいえば 明日 地元西成萩之茶屋の三角公園で なんとか(よってけ祭り・・・だったかな)というライブがあり、朗読することになっていた。2時50分ごろから20分間の予定

5月12日にはクレオ大阪で朗読

5月20日はリバティ大阪の「釜ヶ崎フェスタ2006 ~紙芝居・ピアノ・詩の魅力~」でパホォーマンス
http://www.liberty.or.jp/plan_exhibit/2006-5-20.html
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by juntyandes | 2006-05-04 20:44

東本願寺「仏教と反戦」5月7日まで

5月7日まで 京都 東本願寺
第7回非戦・平和展 仏教と非戦 いま、念仏者として
に行ってきた。

緊縮政策発令のはずだった、黄金週間で仕事は行けないし、収入なくて借金生活、切り詰めて生活していかなければ、私の明日はこないのだ!
昨日、京都からわざわざ私の天王寺の邸宅にいらっしゃつた某氏が、邸宅前の掲示板に貼ってあった催しにぜひ行きたいと言う。
東本願寺での「仏教と反戦」という催しで、私も行くつもりであったが経済的理由で行くのをあきらめていた。
しかし某氏に先を越されては悔しいので急きょ本日、東本願寺に行くことにした。
しかし、それだけで行って帰るのは悔しいので、他に京都で行くところはないかと考えた。
それで「立命館国際平和ミュジアム」に行くことにした。もしかしたら、そこで尹東柱(ユンドンジュ)のことを知ることができるかもしれない。

東本願寺に始めて入る。修復のため御影堂はすっぽり全体を覆われている。と呼ばれる親鸞の像は阿弥陀堂に鎮座していた。明治時代に再建された木造の建物で太い柱、高い天井と、薄暗く外の暑さを忘れ冷気さえ感じられる。いい雰囲気で時間を過ごした。
「仏教と反戦」という催しを見たかった一つの理由は、和歌山新宮在の高木顕明のことを知りたかったからだ。
無くなった私の知り合いが彼のことを思い、顕明という戒名を付けていたので彼のことを知りたいと思った。
この催しで大谷派(東本願寺)だけではなく曹洞宗、日本基督教団、全日本宗教平和会議などの戦中の自己批判、不戦決議の文章を興味をもって見た。花岡事件の生存者の証言と展示は胸を打たれた。

その後、「立命館国際平和ミュジアム」へ行ったが休館であった。月曜休み祝日の場合は翌日休み、と書いてあって祝日は会館のはずだが、なぜなんだ・・・・
満員のバスに乗る気になれず、そのまま東に歩き「出町柳」まで歩き大阪に帰った。
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by juntyandes | 2006-05-04 20:22

仕事いかれず腹すかす人々

所持金希少 来週まで現金仕事(日雇)に行ける可能性はないし、
始末していたが 勢いで酒をささやかに奢るつもりになった。

そうしたら A氏は酒よりもタバコが良いといった。
B氏は 少しビールを飲んで 腹が一杯でもう飲めないという。
両氏とも食わず食わずの状態で 後ろから押したら そのままコケテしまいそうで、
病気でもしたら そのまま 死んでもしまいそうだと 周りの人は話している。

A氏は三月まで 釜ヶ崎の高齢者のための清掃の仕事に行って生活していた。
かってはアルミ缶を集めていたが 体が辛いので最近はアルミ缶集めはできないらしい。
月に2,3回ある清掃の仕事だけで生活していた。
今年度から清掃の仕事の登録が厳しくなり年齢などを再確認することになった。
A氏は三年前に年をごまかして(55歳になっていないのに55歳だといって)登録していたため、
清掃の仕事の更新ができなくなった。
現金収入なくなり A氏は炊き出しだけが 命の綱らしい。

でも A氏は何とも私にも 誰にもいわない。
それなりに 状況を受け入れているようだ。
そうだ このまえA氏は 「救急車よんでも 栄養失調で点滴うたれて そのまま返されるだけだから」と言っていた。

B氏は風貌から言っても 誰からも「生活保護を受ければよいのに」と何時も言われている。
何年も前から A氏はカンパ生活で暮らしている。
かっては団地などへの畳の搬入の仕事をしてい昔の仕事仲間がて、その時は仕事から帰ると 皆に奢って振舞っていた。
それで失職直後には 日雇失業保険を貰いに来る昔の仕事仲間を待っていて その仲間のカンパを当てにしていた。
以前は 賭け将棋で小遣いを稼いでいた。しかし今は相手してくれる人がいなくなった。将棋が強いことが知れわたったのだ。

でB氏はこんなことを言った。「酒を奢ってくれる人はあるが、飯は奢ってくれない 今日は持ちきれないといってご夫人からパンをもらった」

あまり優しくない私がいる。
分かっていながら「おもいやり」かけられずに、
知らないふりを通す。

今 隣に居候が居て その人と一緒に食事している。
私が炊事して 食わしている状態だが、
始末した生活をしていると居候には思わせて、
私だけ缶コーヒーを飲んだりしている。

あまり優しくない私がいる。
あの人だけには優しくできるのだが。
 
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by juntyandes | 2006-05-02 23:47